【ブラのぶりん】アイヌ伝説と義経伝説とUFO伝説が残る、平取町のハヨピラへ

取材レポート

平取町にある、アイヌ伝説と義経伝説とともに、なぜかUFO伝説が残るパワースポットのような場所、「ハヨピラ」へ。
地元の専門家のみなさんの調査に同行しました。

ハヨピラとは、オキクルミカムイの伝承が残る土地として地域の人たちに語り継がれているところ。
ちなみにオキクルミカムイとは、アイヌ民族にあらゆる生活の方法を教えたとされる文化神のこと。
つまり、ハヨピラはアイヌ民族にとっては聖地のような場所なのでしょう。

江戸時代になると、幕史の近藤重蔵が千島調査の際に立ち寄り、ここに義経像を寄進して社が建てられたそうです。
これが、現在平取町内にある義経神社のはじまり。

社はその後二度移転し、現在義経神社がある位置へ移転しました。

今回の調査は、移転の時期と一度目に移転した場所の検証。
過去の文献や写真をもとに歩いて見て回り確認しました。
結果、年代はほぼ特定、場所は特定できずおおよその位置を類推。

 

専門家の話を聞きながら歩き、土地の形や場所の歴史を検証していく様子は、NHKのテレビ番組「ブラタモリ」のよう。
それにあやかり私は勝手に「ブラのぶりん」と称し、地元学を堪能しました。

 

でも、なぜここに義経?
源義経は東北で死なず北方へ生き延びこの地にやってきたという説や、
アイヌ民族を幕府の支配下に置くためオキクルミカムイを義経に見立てて祀らせたという説など、諸説ある模様。
さて、真相は!?

 

昭和40年代になると、オキクルミカムイの伝承に注目したUFOの研究団体がここに基地を建設。
昭和40年代から50年代にかけ、全国からUFO研究家やUFOの存在を信じる人たちがここに集結したそうです。
当時UFOブームがあった模様で、ピンクレディの歌「UFO」が流行ったのもこの頃。

その後基地は平取町に移管されて自然公園となりましたが、現在は閉園。
崩落の危険とマムシ被害の懸念があるので立入禁止になっています。

 

もともとはアイヌ伝説がある場所。
そこに義経の話が加わり、さらにUFOの話も加わった謎めいたところ。

単にアイヌ伝説に便乗しただけという見方もあれば、
民族や思想を問わずさまざまな人の耳目を集めるパワースポットのような場所だという見方も。

 

いずれにしても、アイヌ民族にとっては聖地のような場所。

昔と違い、現代は記録もしっかり残せる時代。
将来「あればどこにあったのだろう」「どんな話だったのだろう」という調査もいらなくなるかも!?

この土地に残る文化が忘れ去られることがないよう、そして歴史が歪曲することのないよう、記録が残り語り継がれていけばよいですね。

 

※写真は立入禁止箇所もありますが、地元の関係者と同行のうえ撮影しました。

 

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